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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)5378号 判決 1970年9月09日

原告

斉藤昇次

外二名

代理人

平井博也

山田滋

柴田徹男

被告

沢田芳雄

代理人

久保田昭夫

岡本敦子

被告

日産プリンス世田谷販売株式会社

代理人

横山寛

主文

被告らは各自原告斉藤昇次に対し金二三万円、原告斉藤まさに対し金六万円、原告会社に対し金四万円およびこれらに対する昭和四二年六月八日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り、かりに執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

(原告ら)

被告らは各自原告昇次に対し四九二万一一三五円、原告まさに対し四二九万五五〇〇円、原告会社に対し二〇万四一一二円およびこれらに対する昭和四二年六月八日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(被告ら)

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決<以下略>

理由

一、事故の発生

(一)  昭和四二年二月一九日午後八時一〇分ごろ東京都世田谷区玉川用賀二丁目六三八番地先交差点において、被告沢田運転の甲車と訴外敏夫運転の乙車とが出合頭に衝突し、乙車が同所六三七番地飲食店「松喜」内に突入した結果、訴外敏夫が死亡し、乙車および右飲食店が破損したことは当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>によれば、事故発生の状況について次のような事実が認められる(別紙図面参照)

1  道路の状況

本件交差点は、東急電鉄玉川線用賀駅方面から世田谷区弦巻町方面に通ずる南北の道路(以下A道路という。)と玉川電通り方面から砧緑地方面に通ずる東西の道路(以下B道路という。)とが直角に交差し、交通整理が行われていない交差点で左右の見とおしがきかない。A道路は、歩車道の区別のない幅員約5.1メートルのアスファルト舗装道路であり、B道路は、歩車道の区別のない幅員約10.4メートルのアスフアルト舗装道路であつて、いずれも両側に店舗、住宅が並んでいる。A道路は直線をなしているが、B道路は、交差点の五〜六〇メートル西側あたりで多少南にわん曲しており、かつ、本件交差点に向つてゆるやかな上り勾配になつている。交差点の北側入口(A道路側)に一時停止の標識が設けられており、南側は北から南に一方通行になつている。指定最高速度はA、B道路とも時速四〇キロメートルである。本件交差点附近は店舗の広告灯および街路灯のため夜間でも明るい、夜間の交通量はそれほど多くはない(事故直後に行われた第一回目の実況見分時の午後九時五五分から五分間の交通量は、B道路が車両一一台、A道路が同二台であつた。

2  事故の態様

甲車はB道路を本件交差点に向け東進中の直進車、乙車はA道路を本件交差点に向け南進中の直進車であつた。

(1) 衝突後の状況

衝突地点は交差点のほぼ中心附近、衝突の部位は甲車の前部と乙車の右後車輪部分、角度はほぼ直角である。衝突の衝撃により、甲車はほぼ停止状態となつたが、乙車は進路を多少左方向に転じ、かつ、右に回転しながら前進し、一回転し終る直前に交差点の東南角にある前記飲食店(衝突地点との距離約一〇メートル)に右側面から突入し、右側面前部で同店の柱(四寸角)を折り、同後部が道路脇の電柱に衝突した状態で停止した。別紙図面の擦過痕は回転中に前輪と後輪とによつてできたものである。以上の結果、甲車はバンバーが破損した程度で前照灯のガラスも無事であつたが、乙車は大破に近い損傷を受けた。乙車の助手席に同乗していた訴外和田昌子(旧姓大坂)は軽傷であつた。なお、甲車の重量は乙車の約二倍である(甲車には同乗者なく、乙車には右和田が同乗)。

(2) 衝突前の走行状態

被告沢田は、後記二の(一)のとおり、午後八時五分ごろ取引先を出発したが、エンジンが冷え過ぎていて出力が十分でないため時速約三〇キロメートルで走行中、本件交差点に進入すると同時ごろ(衝突地点の約六メートル手前)、乙車の前照灯の光を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、時速が一〇ないし一五キロメートルに減速した時、乙車に衝突した。訴外敏夫は、本件交差点の手前で一時停止することなく、時速約四〇キロメートルでこれを通過中甲車に衝突した。

3  その他の事情

A道路は、本件交差点の北方でも幅員の広い道路と交差しているが、ここでは狭路であるA道路の方優先道路になつており、訴外敏夫は右交差点を通つて南下して来たものである。本件交差点は出合頭の事故が多いところであり、この地域の地理に明るい被告沢田自身も本件交差点が危険な場所であることを日頃承知していた。

<証拠>によれば、乙車は、停止した際、ニユートラルの状態でエンジンが作動していたこと、事故の翌日に行われた第二回目の実況見分の際、乙車の右後部テールランプの破片が前記飲食店の東側道路上に点在し、窓ガラスの破片が店先に散乱していたことが認められるが、これらの事実は右認定を左右するものではない。

二、責任原因

(一)  被告会社の運行供用者責任

被告沢田が被告会社の従業員であることは原告と被告会社との間で争いがなく、<証拠>によれば、被告沢田は、被告会社のセールス業務を担当している者であり、事故当日(日曜日)は日直勤務のため出勤していたところ、自動車販売業を営む取引先の右木次から「車のことであいたい」との申出があつたので、午後六時前ごろ、同じく日直勤務をしていた同僚の大谷と二台の車に分乗して木次方に出向き、同所で商談の場をもつたこと、右商談は値が合わず不成立に終つたが、その際他の自動車販売業者のところへ行つてみようという話になり、午後八時五分ごろ三台の車に分乗して同所へ向う途中、先頭車の甲車が本件事故に遭遇したものであることが認められ、これによると、被告沢田は、事故当時被告会社の業務を執行中であつたものと認められる。(<証拠>によれば、日直勤務は午後五時までとなつていることが認められるが、このことは右認定を左右するものではない。)。

以上のように、本件事故は、自動車販売会社のセールスマンが会社の業務を執行中に発生させたものであるから、特段の事情が認められない限り、被告会社は甲車を自己のために運行の用に供していたものというべきである。

ところで、被告会社は、甲車が被告沢田個人の所有に属する旨主張するが、自動車のセールスマンにとつて車は業務遂行のための必需品であり、会社からの提供がない限り個人所有の車をこれにあてるほかないであろうから、事故車がセールスマン個人の所有であつたというだけでは右結論を左右するに足りる事情とはいい難いのみならず、本件の場合、被告沢田本人尋問の結果によれば、被告沢田は甲車を業務遂行のためしばしば使用していたことが認められるから、右主張は、かりにそれが事実であつたとしても、被告会社の右責任を免れせしめるに足りないというほかない。

以上の理由により、被告会社を甲車の運行供用者と認める。

(二)  被告会社の使用者責任

被告沢田が被告会社の従業員であり、同被告の業務を執行中に本件事故を発生させたことは前記のとおりであり、事故発生につき被告沢田に過失があつたことは後記のとおりであるから、被告会社は、民法七一五条一項により、本件事故によつて生じた物損を賠償する責任がある。

(三)  被告沢田の責任

本件事故発生の状況は前記のとおりであり、これによると、甲車が進行していたB道路の幅員は約10.4メートルで、乙車が進行していたA道路の幅員約5.1メートルより明らかに広いのであるから、道交法三六条により甲車に優先通行権が認らめれる。

ところで、広路優先権を有する者が同法四二条所定の徐行義務すなわち直ちに停止することができるような速度(同法二条二〇号)で進行する義務を負うかどうかについては議論のあるところであるが、この点については消極的に解するにしても(被告沢田のあげる最高裁判判のほか、民事事件についても同じく消極的な判断を示した最高裁昭四五年一月二七日第三小法廷判決、判時五八五号四四頁、判例二四四号一五九頁参照)交通事情が比較的閑散で、徐行による交通の渋滞混乱を招くおそれが少なく、しかも、手前の交差点における優先通行権の状況等の事情により狭路の進行車両が法規に違反していきなり交差点に進入することが予想され、また広路優先権者自身もその交差点を平生から危いところであると認識していた本件の如き道路交通の具体的状況のもとにおいては、同法七〇条所定の安全運転義務の具体的内容として、広路優先権者といえどもなお徐行義務を負うものと解するのが相当である(実際問題として、本件のような交差点における出合頭の事故の発生を未然に防止するためには、双方が徐行する以外に適切な方法はなかろう。)。

しかるとき、前記の認定事実によると、被告沢田は、右注意義務を怠り、時速約三〇キロメートルで進行した過失が認められるから、民法七〇九条により、本件事故によつて生じた人的、物的損害を賠償する責任がある。

三、免責

事故の発生につき被告沢田に過失のあつたことは前記のとおりであるから、被告会社主張の免責の抗弁は、その他の点を判断するまでもなく失当である。

よつて、被告会社は、自賠法三条により、本件事故によつて生じた人損を賠償する責任がある。

四、過失相殺

前記の認定事実によると、事故の発生につき訴外敏夫には一時停出義務違反の週失があつたものと認められるところ、右過失と被告沢田の前記過失との割合は、ほぼ訴外敏夫八、被告沢田二と認めるのが相当である。

五、損害

(一)  葬儀費用

<証拠>によれば、原告昇次は、訴外敏夫の葬儀を行ない、これに関連して三〇万一五〇五円(甲第三五号証掲記の支出費目のうち、原告昇次において請求すべき根拠が明らかでない前記訴外和田の治療関係費合計二万八三〇〇円を除外した金額。なお、右金額中には訴外敏夫の治療関係費三八五〇円も含まれているが、右は原告昇次に生じた損害と認められるので、便宜上本費目に計上する)の支出をなしたことが認められるところ、右証拠によれば、右三〇万一五〇五円のうちには、遺族のためにも利益が残存する仏壇購入費一〇万円および弔問客接待用に新たに購入したテーブル代一万円が含まれていることが認められるので、これらの事情をも考慮すると、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用相当の損害額は二五万円と認めるのが相当である。

そこで、これを前記の割合に応じて過失相殺すると、被告らの賠償すべき額は五万円となる。

(二)  逸失利益

<証拠>によれば、訴外敏夫は、事故当時二二歳(昭和一九年一二月二二日生れの独身の男子)であり、父親である原告昇次が経営する原告会社に勤務し、一か月三万五〇〇〇円の給料を得ていたことが認められる。

右事実によれば、訴外敏夫は、本件事故がなかつたとすれば、六三歳まで稼働し(四一年間)、その間右月収三万五〇〇〇円から生活費一万七五〇〇円を除外した残額一万七五〇〇円の純収益をあげえたものと推認され、これによると、訴外敏夫が死亡したことによつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり四六一万三七八四円と算定される(ホフマン複式年別計算法により年五分の割合による中間利息を控除)。

1万7500円×12カ月×21.9704=461万3784円

これを前記の割合に応じて過失相殺すると、九二万円となる。

<証拠>によれば、原告らは訴外敏夫の父母であり、同人には他に相続人のいないことが認められる。よつて、原告らが相続した右損害賠償請求権の額は各四六万円である。

(三)慰藉料

訴外敏夫が死亡したことによる原告らの精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み各三五万円と認めるのが相当である。

(四)  家屋修理費

<証拠>によれば、前記飲食店が破損したことにより、訴外細井は修理費三四万五八三〇円相当の損害を受け、右損害は原告昇次において全額填補したことが認められる。

ところで、本件事故の発生については訴外敏夫にも過失があつたのであるから、同訴外人、したがつてその地位を承継した原告昇次は、民法七〇九条により、訴外細井の右損害を賠償すべき責任があり、これと被告らの前記責任とは不真正連帯の関係に立つものであつて、前記の過失割合に応じて賠償額を負担すべきところ、右のとおり、原告昇次は、右損害を全額弁済したのであるから、被告ら各自に対し、その負担部分につき求償権を有するものと解するのが相当である。

そこで、前記過失割合に従つて被告らの側の負担部分を算定すると、七万円となる。

なお、原告昇次は、この点について民法七〇三条の不当利得返還請求権を主張するが、右は訴外敏夫に過失がないことを前提とする法律構成であつて、右責任が肯定される場合は、予備的に求償権を主張する意思があるものと解するのが相当である。

(五)  車両損

<証拠>によれば、乙車は原告会社が月賦にて購入したものであり、事故当時まだ代金完済に至つていなかつたが、その後間もなく完済したこと、乙車の価格は事故当時が二七万円四一一二円、事故後が七万円であつたことが認められる。

右事実によると、原告会社は、乙車の破損により二〇万四一一二円の損害を受けたものと認められるところ、前記のとおり訴外敏夫は父たる原告昇次の経営する原告会社の従業員でおつたから、ここでも訴外敏夫の過失を斟酌すべきであり、これによると、被告らが賠償すべき車両損は四万円と認められる。

(六)  損害の填補

原告昇次、同まさが自賠責保険金各七五万円を受領したこととは当事者間に争いがないから、それぞれ右(一)ないし(三)の合計額からこれらを控除する。

(七)  弁護士費用

以上により、被告ら各自に対し、原告昇次は一八万円、原告まさは六万円、原告会社は四万円を請求しうるものであるところ、<証拠>によれば、原告らは、弁護士である本件原告ら訴訟代理人に右債権の取立てを委任し、その際原告昇次において訴訟費用および手数料として一五万円を支払つたことが認められるが、本件訴訟の経過等に鑑み、被告らが原告昇次に賠償すべき弁護士費用の額は五万円をもつて相当と認める。

六、結論

以上の理由により、被告らは各自、原告昇次に対し二三万円、原告まさに対し六万円、原告会社に対し四万円およびこれらに対するする訴状送達の日の翌日である昭和四二年六月八日以降各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右限度で理由があり、その余は失当である。

よつて、本訴請求中理由のある部分を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。(倉田卓次 小長光馨一 (並木茂は転任のため署名捺印できない))

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